昭和天皇は全国巡幸で三津に来られ、三津桟橋から船に乗って興居島でユ虫などを採取されました。
昭和25年3月18日、道後の鮒屋旅館に宿泊された天皇陛下は、翌19日に、三津浜港から「お召艇 なみきり丸」で興居島へ向かわれました。興居島では黒のゴム長を履いて、ピンセットを使いながら砂浜を掘り、虫などを探されたようです。
以下、翌20日付けの地元新聞より。
左手に大きなピンセットをもつて波打ち際をほじり、泥だらけのみみずのようなファストロゼーマを左手でくるくる回して御観察。この日は陛下にゆっくりご休養戴くため新聞記者の取材を5分間に制限していたので、記者が採取中の御姿を撮らせて戴くようにおねがいしたところ、「写真ネタだね」とニッコリ快く小さい鍬をとつて何も無いところを掘られたり、お顔が見えないといえば笑いながら帽子を脱がれたりした。
また、知事が魚のエサにしかならないユ虫の用途をお尋ねしたら、「食べられるよ」と冗談をいって笑わせられる等、陛下をはじめお附きの人も新聞記者もいつにない和やかさ。クボトリ浜から数町の波打ち際を1時間もかかって採取された後、早咲きの桃の花がチラホラほころびる数町の峠を越して船越部落の裏岸にある鷲ヶ巣海岸を歩まれ、はじめてユ虫五,六匹をつまみあげられた。この日陛下はユ虫のほかギボウシ虫やアメフラシなどを3時間あまりもかかって採取され、同島青年団がとってきた深海魚や貝類をご覧になると、ふたたび峠を御徒歩で越され、クボトリ浜から高浜へとお渡りになり、御宿舎へお戻りになられた。
写真は、三津浜港から興居島へ向かわれる陛下(船尾、日の丸の左側、奥に見えているのは港山)。